アルツハイマー病の疑いと言われた日|診断より未来が怖かった理由

母がアルツハイマー病の疑いがあると聞いた時

母がアルツハイマー病の疑いと言われたのは、今から4年前です。

病院へ連れて行ったのは弟でした。

私はその後、電話で結果を聞きました。

「お袋、やっぱりアルツハイマーの疑いあるみたい。」

その一言で、診断結果を知りました。

でも、不思議なくらい現実感はありませんでした。

今回は、診断を聞いた日のことよりも、その後に残った気持ちについて振り返ってみたいと思います。


弟から電話を受けた時、驚きはありませんでした。

むしろ、

「やっぱりそうだったか」

という気持ちでした。

回覧板を持って行けなくなったこと。

物忘れが増えていたこと。

以前から弟とも、

「認知症の前兆かもしれないな」

と話していたからです。

だから診断結果は、突然の出来事ではありませんでした。

どこかで予感していたことが、現実になっただけだったのです。

電話を切った後も、私は普段通りの生活を送りました。

仕事を休むこともありませんでした。

慌てて大阪へ向かうこともしませんでした。

それは冷たかったからではありません。

診断を受けても、何も変わって見えなかったからです。

母は普通に会話をしていました。

家族のことも分かっていました。

本人も診断を深刻には受け止めていないようでした。

父もこれまで通り母と暮らしていくことになりました。

家族としても、

「しばらくは今まで通りで様子を見よう」

という判断でした。

だから、その日の生活は何も変わりませんでした。

しかし、心の中だけは変わっていました。

頭の中には、

「この先どうなるんだろう」

という思いが残り続けていました。

認知症が進んだらどうなるのか。

父一人で支え続けられるのか。

そして、いつか私たち子どものことも分からなくなってしまうのだろうか。

診断の日に怖かったのは、病名ではありません。

未来でした。

まだ起きていない出来事なのに、不安だけは確かにそこにありました。

今振り返ると、介護は診断書から始まるものではないのかもしれません。

未来を考え始めた、その瞬間から始まるものなのだと思います。

その後、私たちは弟を中心に対応を進めました。

遠距離に住んでいた私は、弟とケアマネジャーを交えたリモート通話で状況を共有し、その時々でできることを話し合いました。

近くにいる家族と、離れている家族。

立場は違っても、それぞれができる方法で母を支えていくしかありませんでした。


もし今の自分が、あの日の自分に一言だけ伝えられるとしたら、

こう言うと思います。

「認知症の親を見続けるのは、本当につらいよ。」

それは悲観するための言葉ではありません。

現実を受け止める覚悟を少しずつ持ってほしい、という思いです。

診断を受けても、生活はすぐには変わりませんでした。

だからこそ現実感もありませんでした。

でも、その先の未来は少しずつ近づいてきます。

皆さんなら、大切な人の未来に不安を感じた時、どのように向き合いますか。

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