母が認知症かもしれない。
そう考えたことはありませんでした。
正確に言うと、考えたくありませんでした。
今振り返ると、母の変化にまったく気付いていなかったわけではありません。
むしろ、どこかで違和感を感じていたのです。
それでも私は行動しませんでした。
なぜだったのか。
今回は、母の認知症を認めたくなかった当時の自分について振り返ってみたいと思います。
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5年ほど前、実家へ帰省した時のことです。
母は近所へ回覧板を持って行けなくなっていました。
長年住み慣れた地域です。
道が分からないわけではありません。
それでも、どこへ持って行けば良いのか分からなくなっていたのです。
父が説明しても困った様子でした。
結局、父が代わりに持って行きました。
当時の私は、
「年齢のせいかな」
と思いました。
高齢になれば物忘れも増えます。
そう考えれば説明はつきます。
だから深く考えませんでした。
しかし今思うと、本当にそうだったのでしょうか。
実は私は、この出来事を弟と話していました。
弟も違和感を持っていました。
そして、
「認知症の前兆かもしれないな」
という話もしていたのです。
お互いに、
少し様子を見ていこう。
注意して見ていこう。
そんな会話をしたことを覚えています。
つまり私たちは、
何も気付いていなかったわけではありません。
認知症という可能性にまったく思い至らなかったわけでもありません。
それでも、その先へ進みませんでした。
病院へ連れて行こうとも言いませんでした。
父にも特別な話はしませんでした。
母に対しても、それまでと同じように接していました。
今振り返ると不思議です。
認知症かもしれないと思ったのなら、もっと何かできたのではないか。
そう思うことがあります。
では、なぜ行動できなかったのでしょうか。
当時の自分を振り返ると、
認知症に対する思い込みがあったように思います。
私の中で認知症とは、
もっと症状が進んだ状態でした。
名前が分からない。
家族が分からない。
徘徊する。
そんなイメージを持っていました。
だから回覧板を持って行けないことや、
物忘れが増えることと、
認知症が結び付かなかったのです。
しかし、それだけではなかったようにも思います。
本当に受け入れられなかったのは、
母が認知症になるという事実そのものだったのかもしれません。
親はいつまでも親だと思っています。
年を取っても、
少し弱っても、
親は親です。
ところが認知症という言葉は、
その当たり前を揺さぶります。
これまでの母ではなくなってしまうかもしれない。
記憶が少しずつ失われていくかもしれない。
そんな未来を想像することができませんでした。
いや、想像したくなかったのだと思います。
介護の負担が怖かったわけではありません。
介護の大変さをまだ実感していなかったからです。
私が怖かったのは、
親の老いを現実として受け入れることでした。
だから、
認知症かもしれない。
そう思った瞬間に、
心のどこかで打ち消していたのかもしれません。
「まだ大丈夫だろう」
「年齢のせいだろう」
そう考える方が楽だったのです。
しかし現実は変わりません。
その後、母は認知症と診断されました。
今になって思うのは、
介護の始まりは診断の日ではなかったということです。
もっと前から始まっていました。
そして私自身の介護の始まりは、
母の変化ではなく、
その現実を受け入れるところから始まったように思います。
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私たちは、
親の異変に気付けないわけではないのかもしれません。
気付いていても、
それを現実として受け入れられないことがあります。
私にとって、
認知症は知識として知っている言葉でした。
でも、
自分の母に起きることとしては考えられませんでした。
だから行動できませんでした。
もし今、
親の小さな変化に気付いている人がいるなら。
その変化をどう受け止めるかに正解はありません。
ただ私は、
あの頃の自分に一つだけ伝えたいことがあります。
「見たくない現実ほど、一度立ち止まって考えてみよう」
皆さんには、
認めたくなかったからこそ見過ごしてしまった出来事はありますか。


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