親の介護は、ある日突然始まるものだと思っていました。
転倒した。
入院した。
認知症と診断された。
そんな出来事が介護の始まりだと思っていたのです。
でも今振り返ると、介護はもっと前から始まっていました。
私の場合、そのきっかけは「回覧板」でした。
今でも、あの日のことを時々思い出します。
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5年ほど前、実家へ帰省した時のことです。
父と母は二人で暮らしていました。
私はどこかで、
「父がいるから大丈夫」
と思っていました。
その日、父が母に回覧板を渡しました。
「2件隣へ持って行ってくれ」
いつもなら何でもないことです。
母は回覧板を持って外へ出ました。
ところが、しばらくして戻ってきたのです。
父が理由を聞くと、
母はどこへ持って行けば良いのか分からなくなっていたそうです。
長年住み慣れた地域です。
道に迷ったわけではありません。
回覧板を誰に渡せば良いのか分からなくなっていたのです。
父は再び説明しました。
「2件隣だよ」
それでも母は困った様子でした。
結局、父が代わりに回覧板を持って行きました。
当時の私は、
「年齢のせいかな」
と思いました。
高齢になれば物忘れも増えます。
少し心配ではありましたが、
深刻には考えていませんでした。
今思えば、それが間違いだったのかもしれません。
実はその頃から、
母は食事を作らなくなっていました。
以前は毎日のように台所に立っていた人です。
それが少しずつ減り、
やがて作らなくなっていきました。
しかし私は、
父がいるから大丈夫だろうと思っていました。
二人で暮らしている。
父が支えている。
だから何とかなる。
そう考えていたのです。
今振り返ると、
私は母だけでなく、
父にも頼り過ぎていたのだと思います。
認知症という言葉は知っていました。
テレビでも見ていました。
でも、
「うちの母が」
とは思えなかったのです。
そして回覧板の出来事から約半年後、
母は認知症と診断されました。
診断を受けた時、
私は驚きました。
しかし本当は、
驚くべきではなかったのかもしれません。
既にいくつものサインが出ていたからです。
今の私が当時の自分に会えるなら、
こう伝えると思います。
「父に任せきりにするな」
と。
父は父なりに頑張っていました。
でも高齢の夫婦だけで抱えるには限界があります。
私は離れて暮らしていたとはいえ、
もっと早く関わることができたかもしれません。
もっと早く病院へ連れて行くこともできたかもしれません。
その結果が変わったかどうかは分かりません。
それでも、
何もしなかった後悔は今も残っています。
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介護は突然始まるものだと思っていました。
しかし今振り返ると、
回覧板を持って行けなかった日、
食事を作らなくなった日、
そんな小さな変化の積み重ねが始まりだったように思います。
私たちは大きな異変には気付きます。
でも本当に見落としやすいのは、
日常の中にある小さな変化なのかもしれません。
もし今、
親と離れて暮らしているなら。
もし、
「まだ大丈夫だろう」
と思っているなら。
皆さんなら、
どんな変化を最初のサインとして受け止めるでしょうか。


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