認知症の徘徊で変わったこと 家族だけでは守れないと感じた日

家族の覚悟が変わった瞬間

突然届いた知らせ

詳しい状況は今でも聞いていません。

デイサービスの送迎中だったのか、利用中だったのか。

母の姿が見えなくなり、デイサービスのスタッフかケアマネジャーから弟へ連絡が入ったそうです。

幸い、母は施設の近くを歩いているところをスタッフの方が見つけてくださいました。

私がこの出来事を知ったのは、すべてが落ち着いた後でした。

だから最初に感じたのは、不安よりも、

「無事でよかった。」

という安堵でした。

事故やケガがなかったことに、本当にほっとしたのを覚えています。

現実を突きつけられた瞬間

安心した気持ちの一方で、もう一つ強く感じたことがありました。

「かなり認知症が進行しているな。」

という現実です。

それまでの母は、お風呂に入らなくなったり、物忘れが増えたりと、少しずつ変化していました。

でも私は、どこかで「まだ大丈夫」という気持ちを持っていました。

徘徊は、その考えを一気に変えました。

「これからは母を一人にはさせられない。」

そう思ったのです。

認知症はゆっくり進むと思っていましたが、家族の受け止め方は、一つの出来事で大きく変わることがあるのだと知りました。

父も少しずつ変わっていった

この出来事の後、父の生活も変わりました。

以前よりも、できるだけ家にいるようになったのです。

母から目を離さないように。

何かあった時にすぐ対応できるように。

そんな思いがあったのだと思います。

介護で変わるのは、認知症になった本人だけではありません。

一緒に暮らす家族の日常も、少しずつ変わっていきます。

その変化は、本人も家族も気づかないくらい自然に始まるのかもしれません。

遠くから見守る難しさ

当時、私は横浜に住み、両親は大阪で暮らしていました。

日々の様子を一番近くで見ていたのは弟夫婦です。

弟たちは何度も実家へ足を運び、そのたびに母や父の様子を私へ伝えてくれました。

その連絡があるたびに安心しました。

一方で、

「弟夫婦に負担を掛けてしまっている。」

という申し訳ない気持ちもありました。

遠距離介護では、自分がすぐ駆けつけられないもどかしさがあります。

支えてくれる家族がいることへの感謝と、頼らざるを得ない現実。

その二つの気持ちが、いつも心の中にありました。

今振り返ると分かること

今振り返ると、徘徊は「事故にならなくて良かった出来事」ではありませんでした。

家族全員が介護への向き合い方を変えるきっかけだったと思います。

「少し目を離しても大丈夫。」

そんな考えは、この日を境になくなりました。

介護は、ある日突然始まるものではありません。

でも、家族の覚悟は、一つの出来事をきっかけに大きく変わることがあります。

その現実を、母は私たち家族に教えてくれました。


介護で変わるのは、親だけではありません。

家族もまた、その時々の出来事を通して少しずつ変わっていきます。

母の徘徊は、私たち家族に「これまで通りでは守れない」という現実を教えてくれました。

そして私は、遠く離れて暮らしていても支え続けてくれた弟夫婦に、今でも感謝しています。

同時に、「ありがとう」と「申し訳ない」という二つの気持ちは、これからも忘れないと思います。

人生後半には、「まだ大丈夫」と思っていたことが、ある出来事をきっかけに大きく変わることがあります。

もし今、親の小さな変化を感じている方がいるなら。

あなたなら、どんな出来事をきっかけに「もう今までとは違う」と受け止めるでしょうか。

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