認知症の夜間徘徊「怖い。怖い。」という言葉が教えてくれた家族の判断

夜中に家の中を徘徊し「怖い。怖い。」とつぶやく母 とつぶやくの

夜になると始まる「怖い。怖い。」という言葉

母を横浜へ迎えた後、夜になると家の中を歩き回ることが増えました。

トイレへ向かう途中も、

「怖い。怖い。」

そう何度もつぶやきます。

時には失禁してしまうこともありました。

母が起きるたびに、私も妻も目を覚まし、耳を潜めて聞いていました。

深く眠れない夜も何度もありました。

私が心配したのは、母の行動ではなく、その気持ちでした。


本当に怖かったのは母だったのかもしれない

認知症になると、周囲からは「徘徊」という言葉で片付けられてしまいます。

でも私の目の前にいたのは、「徘徊する母」ではありません。

何かにおびえ、

「怖い。怖い。」

と言いつぶやく母でした。

環境が変わった不安。

何を感じていたのか。

今でも分かりません。

でも、その言葉には理由があったはずです。

だから私は、「どうしてそんな行動をするの?」ではなく、

「何がそんなに怖いと思っているのか?」

と考え続けていました。


家族だけでは続けられない

昼間は何とか過ごせても、夜になると状況は変わります。

夜間の徘徊。

失禁。

睡眠不足。

それが毎日のように続きました。

その頃には、

「家族だけで支えるには限界がある。」

そう感じ始めていました。

弟夫婦へ相談すると、責めることなく、

「それは大変だね。」

と理解はしてくれました。

その一言だけでも、気持ちは少し軽くなりました。

そして私たちは、宿泊介護サービスを検討し、実際に利用することを決めました。

利用を始めると、私たち家族の負担は確かに軽くなりました。

介護を誰かに任せることへの迷いはありました。

それでも、続けるためには必要な選択だったと思っています。


今でも思い出すのは大阪での暮らしです

今でも忘れられないことがあります。

それは横浜での夜ではありません。

大阪で暮らしていた頃の母です。

父親とのふたり暮らしでも、同じように夜中に

「怖い。怖い。」

と言いながら歩いていたのだとしたら。

父は一人で、それを受け止め続けていたのでしょうか。

そう考えると、今でも胸が締めつけられます。

父は弱音を吐かない人でした。

だから私は、その現実を十分に想像できていなかったのかもしれません。


今振り返ると分かること

介護を始めた頃の私は、

「できる限り家族で支えたい。」

そう考えていました。

でも今は少し違います。

介護は、家族だけで抱え込むものではありません。

本人が安心して暮らせること。

そして支える家族も続けられること。

その両方を守ることが大切なのだと思います。

だから私は、

「介護はプロに任せる。」

という判断は間違っていなかったと思っています。

それは家族が介護を諦めることではありません。

家族が家族として寄り添い続けるための選択だったのです。


夜中に聞こえてきた母の

「怖い。怖い。」

という言葉。

その意味を、私は今でも本当には分かっていません。

でも一つだけ分かることがあります。

介護は、「頑張ること」を競うものではないということです。

本人が安心できる場所を探すこと。

支える家族も無理をしすぎないこと。

その二つを両立させることが、長く介護を続けるためには欠かせません。

もし時間を戻せるなら、当時の自分にこう伝えたいと思います。

「答えを急がなくていい。でも、一人で抱え込まないで。」

そして今、この記事を読んでくださったあなたにお聞きしたいことがあります。

大切な人が「怖い」と口にした時、あなたならその言葉の奥にある気持ちを、どう受け止めますか。

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