母が失禁や粗相をするようになった頃、介護は新しい段階に入りました。
そのたびに妻と一緒に着替えや後片付けをしました。
妻は嫌な顔ひとつせず、献身的に母を支えてくれました。
私は感謝していました。
それでも、心のどこかでは感情的になりそうになる自分がいました。
「優しくしなければ。」
そう思えば思うほど、思うようにできない自分が苦しくなるのです。
介護で一番苦しかったのは、母ではなく、自分自身の心との向き合い方だったのかもしれません。
共働きでも心は介護から離れなかった
当時、私たちは夫婦共働きでした。
母はデイサービスを利用していましたが、預けている時間も安心できるわけではありませんでした。
ある日、デイサービスから電話がありました。
「失禁があったので、おむつを着用しました。」
その連絡を受けた瞬間、仕事中でも気持ちは母のもとへ向かっていました。
仕事をしていても、心はずっと介護から離れられない。
そんな毎日だったことを覚えています。
一人では続けられなかった
そんな時、支えになってくれたのが家族と専門職の存在でした。
弟には状況を共有し、一緒に考えてもらいました。
そして、ケアマネジャーとの面談で思い切って悩みを打ち明けました。
返ってきた言葉は、
「一人で抱え込まなくて大丈夫ですよ。」
たった一言でした。
でも、その言葉で肩の力が少し抜けたことを今でも覚えています。
介護は、頑張る人ほど「自分がやらなければ」と思ってしまいます。
だからこそ、「頼っていい」と言ってくれる人の存在は、とても大きかったのです。
健康だった母を追い続けていた
今振り返ると、私が苦しかった理由が少し分かる気がします。
私は、認知症になった母を見ていたつもりでした。
でも本当は、元気だった頃の母との違いばかり見ていたのです。
そのギャップを受け入れられず、「なぜこんなことが出来ないのだろう」と考え続けていました。
その気持ちが、自分自身を苦しめていたのかもしれません。
そして、その経験を通して、一つの判断軸が私の中に残りました。
「介護は思いやりだけではできない。」
思いやりはもちろん大切です。
でも、それだけでは続きません。
家族と支え合うこと。
専門職の力を借りること。
時には「助けてほしい」と言うこと。
それも、大切な人を支えるための選択なのだと、今は思っています。
介護をしていると、「もっと優しくできたのではないか」と自分を責めてしまうことがあります。
私もそうでした。
けれど今は、その頃の自分にこう伝えたいと思います。
「思いやりだけで続けようとしなくていい。」
支えてくれる人に頼ることも、大切な人を思う気持ちの一つです。
そして、もう一つ伝えたいことがあります。
私は長い間、認知症の母と向き合っているつもりでした。
でも本当は、「元気だった頃の母」との違いに苦しんでいたのかもしれません。
もし皆さんが同じ立場だったら、目の前にいる家族と、心の中にいる家族、その違いをどのように受け止めますか。
その答えは一つではありません。
だからこそ、この実体験が、ご自身の「人生後半の判断軸」を考えるきっかけになればうれしく思います。


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