母の施設が決まった頃、父も退院することになった

母親と父親が同じ施設へ入居できることになった様子

母の施設を探していた頃、父は大阪の病院に入院していました。

食生活の不摂生などから不整脈があり、関節に水がたまることもあって、退院後も療養が必要な状態でした。

大阪では弟夫婦が父の面倒を見てくれていました。

退院後についても弟夫婦が施設を探してくれていました。

父自身は、

「退院したら夫婦二人で暮らせる」

と思っていたようです。

しかし、退院が近づくにつれ、自宅で二人だけで生活するのは難しいことが分かってきました。

母にはすでに介護が必要でした。

父も療養が必要です。

現実的には、父にも施設へ入ってもらう必要がありました。

「お父様も一緒に入居できます」

そんな時、母が入居する予定だった横浜の施設から、

「お父様も一緒に入居できます」

という話をいただきました。

正直に言うと、私は両親が必ず同じ施設に入る必要はないと思っていました。

母にいろいろ迷惑をかけてきた父との関係もあり、二人が一緒でなければならないとは考えていませんでした。

ただ、父も療養が必要な状態です。

母と同じ施設で二人とも見てもらえるのであれば、家族としては助かります。

大阪で別の施設を探す必要もなくなります。

そこで父も横浜へ来ることになりました。

その時の私たちには、

「これで両親の生活場所が決まった」

という気持ちがあったと思います。

私たちは「父にも伝わっている」と思っていた

父の施設入居については、弟から説明していると聞いていました。

私も、

「弟がきちんと話してくれているのだから、父も分かっているだろう」

と思っていました。

ところが、父が横浜へ来て施設へ入った時、その認識が違っていたことが分かります。

父から出たのは、

「何でこんな所へ入れるんや」

という言葉でした。

私は驚きました。

そして何より、悲しく、悔しい気持ちになりました。

母の施設を探すために何カ所も見学しました。

その中から「ここならお願いできそうだ」と思える特養を選びました。

さらに施設の配慮で、父まで一緒に受け入れてもらえることになりました。

私たち家族なりに、両親のこれからを考えて動いてきたつもりでした。

それなのに父には、

「なぜこんな所へ入れられるのか」

としか見えていなかった。

当時は、そのことがとても残念でした。

父が思い描いていた横浜での生活は違っていた

後から考えると、父は横浜へ来る意味をまったく違う形で理解していたようです。

「横浜へ行けば兄貴が面倒を見てくれる」

そう受け取っていたのだと思います。

私たち夫婦と一緒に暮らす。

あるいは私たちの近くに家を用意してもらい、そこで暮らす。

父の中には、そんな生活のイメージがあったようです。

だから、横浜へ来て施設に入ることになった時、

「話が違う」

と感じたのでしょう。

弟にも後から確認しました。

弟は、

「きちんと伝えたのに」

と言っていました。

おそらく弟は、本当に説明していたのだと思います。

私も弟が説明していると信じていました。

それでも父には、私たちが意図していた形では伝わっていませんでした。

「伝えた」と「伝わった」は同じではなかった

今振り返ると、この経験で一番強く残っているのは、

「伝えたこと」と「本人に伝わったこと」は同じではない

ということです。

家族としては説明した。

本人も聞いている。

だから分かっているはず。

そう思っていました。

でも、本人は自分なりの期待や解釈を持っています。

特に住む場所が変わるような大きな話であれば、同じ言葉を聞いても、家族と本人では受け取り方が違うことがあるのかもしれません。

では、もっと丁寧に説明すれば良かったのか。

何度も確認すれば防げたのか。

今の私は、そこまで考えていません。

父には自宅へ戻って生活するという現実的な選択肢はありませんでした。

施設に入ってもらうこと自体は必要だったと思っています。

だから「別の決断をすれば良かった」という後悔ではありません。

ただ、

「本人も分かっているはず」

と私たち家族が思い込んでいたこと。

そこには一つの気付きがありました。

入居できれば、それで終わりではなかった

施設を探している時は、

「どの施設にするか」

「入れるかどうか」

ということばかり考えます。

私たちもそうでした。

母に合う施設を探し、父も同じ施設へ入れることになった。

大きな問題が一つ解決したと思いました。

でも実際には、入居したところから別の問題が始まりました。

父との認識のズレです。

この後、面会へ行くたびに、父とは何度も言い合いになりました。

「こんな所にいたくない」

という父。

家族なりに考えて決めた私たち。

どちらにも、それぞれの思いがありました。

施設への入居は、家族にとっては一つの区切りでも、本人にとっては突然生活が変わる出来事だったのだと思います。

【まとめ】

母の施設入居が決まった時、父も同じ施設へ入れることになりました。

家族としては、とても助かる話でした。

大阪で療養が必要だった父も、母と一緒に見てもらえる。

私たちは、父にもそのことが伝わっていると思っていました。

ところが父が言ったのは、

「何でこんな所へ入れるんや」

という言葉でした。

弟はきちんと説明したと言います。

私も、父は理解しているものだと思っていました。

それでも、父が思い描いていた横浜での暮らしは、私たちが考えていたものとは違いました。

今振り返ると、

「伝えたつもり」と「伝わっている」は違う。

そんな当たり前のようなことを、介護の中で初めて強く感じた出来事でした。

施設入居という大きな決断をするとき。

「本人も分かっているはず」と思うだけではなく、本人はこれからの生活をどのように思い描いているのか。

もしあなたが親の施設入居を考えることになったら、本人とどんなことを確認しておきたいでしょうか。

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