父の退院について詳しい説明を受けたのは、弟夫婦でした。
私は直接その場にはいませんでしたが、病院から伝えられた内容を聞いて、現実の厳しさを知ることになります。
父は退院できる状態ではあるものの、松葉杖が必要で、自宅療養が前提でした。
つまり、「退院できる」と「今までどおり生活できる」は、まったく別の話だったのです。
結局、退院後の生活が決まるまで延長入院という選択になりました。
その時、私の中で一つの考えが固まりました。
「もう両親だけで生活を続けることは難しい。」
介護だけではなく、生活そのものを考える段階だった
当時、母は認知症で横浜にいました。
私は母のことを考えながら、今度は父の生活についても考えなければなりませんでした。
介護というと、病気や身体の状態ばかりに目が向きがちです。
しかし実際には、それ以上に「これからどこで、誰と、どう暮らしていくか」という生活そのものが大きな課題になります。
退院はゴールではなく、新しい生活設計のスタートでした。
後になって分かった父との認識の違い
その頃、父を説得する役目は弟に任せていました。
後になって弟から聞いた話では、父は「兄の私が面倒をみてくれる」と受け止めていたそうです。
もちろん、そのような約束をしたわけではありません。
それでも父の中では、「子どもが介護してくれる」という期待が自然に膨らんでいたのでしょう。
一方で私は、自分たち夫婦の生活もあり、認知症の母の支援も続けていました。
同じ出来事でも、親と子では見えている景色が違っていたのです。
私は、この時初めて「介護の問題」だけではなく、「家族それぞれの人生設計」の問題なのだと気付きました。
今振り返って思うこと
あの日を振り返ると、父が退院したことよりも、その後の生活をどうするかという判断の方が、はるかに大きな出来事でした。
病気は治療できます。
しかし、老後の暮らし方は、その場で急に決められるものではありません。
だからこそ、元気なうちから考えておくことが大切なのだと思います。
私はこの経験から、一つの判断軸を持つようになりました。
「自分の老後生活は、自分で設計して共有しておくべき。」
親は子どもを頼りたいと思うことがあります。
子どもも、できる限り支えたいと思います。
しかし、その思いだけでは現実は動きません。
住まい、健康、介護、家族の生活。
それぞれを踏まえて準備しておくことで、お互いに無理のない選択ができるのではないでしょうか。
父の退院は、私に「介護」だけでなく、「老後をどう生きるか」を考えるきっかけを与えてくれました。
あなたは、ご自身の老後を、ご自身の意思でどこまで設計できていますか。
それを考えることも、人生後半をより自由に生きるための一つの「判断軸」なのかもしれません。



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